秋と飽き
2000年9月15日昨日の続きの始まりである。どうにも本当にいきあたりばったりで悲しくなってくる。
とにもかくにも秋が来た。ここはあえて秋が来た、と言いたい。夏が終わり。とか、夏が過ぎ。とかばかりでは秋がかわいそうではないか。秋もたまには登場を待ちわびられたいと思うのである。
そして秋が来ると言うことは、僕にとっては「なし」の季節がやってきたということである。
それにしてもどうしてなしはあんなにおいしいのであろう。果物の中ではナンバーワン。ほかの食べ物を入れても、片手で数えられる中にあるぐらい好きである。僕の友人にもなし好きは多く、男二人がなしの話をしながら、その場にないなしを想像して目をギョロつかせているのである。絵的には気持ちが悪いが、その場になくてもよだれが出てくるもんだと話したり、アダムとイブが初めて食べたのはどうして林檎だったのだろうか、などとくだらないことをアーダコーダ行っているのである。
そして今年は早くも「なしライフ」を楽しんでいる。一応一日一個をめやすにもう2週間ぐらい食べている。近所のスーパーのなしセールを探し出し、買いに行く。1階に買う量は一週間分7個。先週はコウスイを買った。その次の週はコウスイ、ホウスイ、20セイキの食べ比べをした。l
なしの命は食感と甘さにあると思う。かんだときのじゃりじゃり感である。このじゃりじゃりが強いのがコウスイ、ホウスイ、弱いのが20セイキであると思う。甘さは高級な20セイキは高いのだろうが、そのあたりのスーパーでパートのおばちゃんがブッチョウヅラで売っているものはたいしたことはない。コウスイの方が甘いぐらいである。
考えてみると何においても凝ってしまう方である。生クリームに凝っていたときは、生クリームミックス、というのか、混ぜるとクリームができる奴を買って、一人で全部食べようとしたことがあるが、あれは悲惨であった。ボールいっぱいのクリーム。スプーンでざくざくと食べていくのだが、半分も行かないうちに甘さを感じなくなってきた。そのうち気持ちが悪くなってきて、どうして自分はこれを食べているのだろうか、と疑問を感じてしまうまでになった。しかしそれ以降、生クリームだとかなんだとかの甘いものの誘惑には負けなくなったから、それなりに意味はあったのかもしれない。同じ事をチョコレートでやった時には、2枚目でTKO負け、完敗であった。
なしのいいところは、どれだけ食べても飽きがこないところである。一気に2個3個と食べても平気のヘイザ、主食のご飯を食べているかのごとくの自然さでたべ進めることができる。今日も2個食べた。夜明けとともに一日はなしとともに始まり、なしとともに日が暮れて終わる。こんな毎日は秋が続く限り、飽きが来ない限りつづくのである。
とにもかくにも秋が来た。ここはあえて秋が来た、と言いたい。夏が終わり。とか、夏が過ぎ。とかばかりでは秋がかわいそうではないか。秋もたまには登場を待ちわびられたいと思うのである。
そして秋が来ると言うことは、僕にとっては「なし」の季節がやってきたということである。
それにしてもどうしてなしはあんなにおいしいのであろう。果物の中ではナンバーワン。ほかの食べ物を入れても、片手で数えられる中にあるぐらい好きである。僕の友人にもなし好きは多く、男二人がなしの話をしながら、その場にないなしを想像して目をギョロつかせているのである。絵的には気持ちが悪いが、その場になくてもよだれが出てくるもんだと話したり、アダムとイブが初めて食べたのはどうして林檎だったのだろうか、などとくだらないことをアーダコーダ行っているのである。
そして今年は早くも「なしライフ」を楽しんでいる。一応一日一個をめやすにもう2週間ぐらい食べている。近所のスーパーのなしセールを探し出し、買いに行く。1階に買う量は一週間分7個。先週はコウスイを買った。その次の週はコウスイ、ホウスイ、20セイキの食べ比べをした。l
なしの命は食感と甘さにあると思う。かんだときのじゃりじゃり感である。このじゃりじゃりが強いのがコウスイ、ホウスイ、弱いのが20セイキであると思う。甘さは高級な20セイキは高いのだろうが、そのあたりのスーパーでパートのおばちゃんがブッチョウヅラで売っているものはたいしたことはない。コウスイの方が甘いぐらいである。
考えてみると何においても凝ってしまう方である。生クリームに凝っていたときは、生クリームミックス、というのか、混ぜるとクリームができる奴を買って、一人で全部食べようとしたことがあるが、あれは悲惨であった。ボールいっぱいのクリーム。スプーンでざくざくと食べていくのだが、半分も行かないうちに甘さを感じなくなってきた。そのうち気持ちが悪くなってきて、どうして自分はこれを食べているのだろうか、と疑問を感じてしまうまでになった。しかしそれ以降、生クリームだとかなんだとかの甘いものの誘惑には負けなくなったから、それなりに意味はあったのかもしれない。同じ事をチョコレートでやった時には、2枚目でTKO負け、完敗であった。
なしのいいところは、どれだけ食べても飽きがこないところである。一気に2個3個と食べても平気のヘイザ、主食のご飯を食べているかのごとくの自然さでたべ進めることができる。今日も2個食べた。夜明けとともに一日はなしとともに始まり、なしとともに日が暮れて終わる。こんな毎日は秋が続く限り、飽きが来ない限りつづくのである。
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